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東京地方裁判所 平成11年(ワ)18061号 判決 2000年8月07日

原告

山田真里子

右訴訟代理人弁護士

髙﨑英雄

被告

株式会社ザ・スポーツコネクション

右代表者代表取締役

除野健忠

右訴訟代理人弁護士

宮﨑敦彦

西尾孝幸

真貝暁

谷原誠

岩島秀樹

主文

一  被告は,原告に対し,金200万5906円及びこれに対する平成11年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

四  この判決は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は,原告に対し,金250万7881円及びこれに対する平成11年8月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は,被告の従業員であった原告が,被告に対し,第一に,被告は,公休日に出勤した従業員について2年以内に振替休日を取得することを認める取扱いをしていたところ,平成10年12月16日に2か月以内に振替休日を取得することに改めるとともに,課長代理以上の役職者には同月15日までに公休日に出勤した分について同月16日以降の振替休日の取得を一切認めないことを決定したが,同月15日までに公休日に出勤し,かつ,振替休日を取得しないままになっていた日数が133日にも達していた原告は,右の決定は有効であると思い込んでいたことから,平成11年2月15日をもって被告を退職する旨の申出をしたが,実際には右の決定は無効であり,したがって,原告の退職の申出は錯誤により無効であるから,原告が被告を退職したのはその申出に係る平成11年2月15日ではなく,原告が平成10年12月15日までに公休日に出勤して振替休日を取得しないでいた133日についてすべて振替休日を取得したものとして計算した場合の退職日である同年8月15日であること等を理由に,原告の退職日が同年2月15日から同年8月15日に延びたことによる同年2月16日から同年8月15日までの未払賃金として金285万3300円,原告の退職日が同年2月15日から同年8月15日に延びたことによる退職金の増加分として金16万5900円,合計金301万9200円のうち金250万7881円及びこれに対する平成11年8月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(以下「本件第1の請求」という。)とともに,第二に,仮に右の決定が有効であるとしても,右の決定によって被告は原告が公休日に出勤した133日分についての賃金に相当する利得を不当に得たことを理由に,金250万7881円及びこれに対する悪意の利得者である被告が利得した日の後であることが明らかな平成11年8月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求めた(以下「本件第2の請求」という。)事案である。

二  前提となる事実

1  被告は,スポーツクラブの経営等を目的とする株式会社であり,原告は昭和58年3月28日に被告に入社し,平成7年6月16日に総括部経理課長代理に就任した。

(原告が総括部経理課長代理に就任した日にちについては弁論の全趣旨。その余は争いがない。)

2  被告は,従業員に対し,年間101日の公休日と有給休暇(最高20日間)を付与している。年間101日の公休日は,毎年,前年の12月16日から1月15日までの間に10日間,1月16日から2月15日までの間に9日間,2月16日から7月15日までについては毎月16日から翌月15日までの間にそれぞれ8日間,7月16日から8月15日までの間に10日間,8月16日から12月15日までについては毎月16日から翌月15日までの間にそれぞれ8日間である。

(争いがない。)

3  被告は,平成10年12月15日までは,従業員が公休日に出勤した場合について次のような取扱いをしていた(なお,被告における公休日出勤の取扱いとして右の(一)及び(二)の外にどのような取扱いが定められていたかについては,後記のとおり争いがある。)。

(一) 業務上の都合により公休出勤する場合は,事前に所属長経由で公休日に出勤する旨の届出をしなければならない。

(二) 事前の届出のない場合には,公休日の出勤を認めない。

(争いがない。)

4  被告は,従業員が公休日に出勤した場合の取扱いを別紙<略>1のとおり改め(以下「本件公休日出勤の取扱いの変更」という。),平成10年12月16日その旨を原告を含む被告の従業員に通知した。

(争いがない。)

5  原告は,平成11年1月初めに被告に対し退職届を提出した。退職届の内容は,別紙2のとおりである(別紙2の内容の退職届を以下「本件退職届」といい,原告が本件退職届の提出によってした被告に対する退職の申出を以下「本件退職の申出」という。)。

(原告が本件退職届を提出した日にちについては弁論の全趣旨。その余は争いがない。)

三  争点

1  原告は平成11年8月15日に退職したといえるか(本件第1の請求)。

(一) 原告の主張

(1) 本件退職の申出の無効と新たな退職の申出

ア 被告は,公休日出勤の取扱いにおいて公休日の振替は2年以内に行えばよいとしていた。ところが,被告は,本件公休日出勤の取扱いの変更において,公休日の振替は2か月以内に行うことに改めるとともに,課長代理以上の役職者には平成10年12月15日までに公休日に出勤した分については同月16日以降の振替休日の取得を認めないことを決定し,右同日その旨を原告を含む被告の従業員に通知した。しかし,本件公休日出勤の取扱いの変更は,従業員の既得権を一方的に奪うものとして無効である。

イ 原告は,本件公休日出勤の取扱いの変更が有効であると考えていたので,振替休日を取得しないでいた公休日(その具体的な内訳については後記3(一)のとおりである。)がすべて消滅してしまったことに大いに不満を感じ,被告を退職することを決め,平成11年2月15日をもって退職する旨の本件退職届を被告に提出した。

ウ しかし,原告が本件退職届を提出したのは,本来無効であるはずの本件公休日出勤の取扱いの変更を有効であると誤解していたことに基づくのであるから,本件退職の申出は錯誤により無効である。

エ したがって,原告は,平成11年2月16日以降も被告の従業員としての身分を有するところ,振替休日を取得しないでいた公休日133日を最大限に利用することとし,原告は本件訴状により被告に対し平成11年8月15日をもって被告を退職する旨の意思表示をする。

(2) 被告における公休日出勤の取扱いの適用

被告における公休日出勤の取扱い(別紙3)において,「退職する場合に振替休日の残数があった場合は,振替休日の消化が終了した日を退職日とします。従って退職時の一括買い上げは行いません。」とされていたことからすれば,原告は取得しないでいた公休日について振替休日をすべて取得し終えた日をもって退職したものとみなされるはずである。

したがって,原告は,自分が取得しないでいた公休日について振替休日をすべて取得し終えた平成11年8月15日をもって被告を退職したものというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 本件退職の申出の無効と新たな退職の申出

ア 被告は,公休日出勤の取扱いについて,前記第二の二3(一)及び(二)の外に,公休出勤した場合は,原則として当月又は翌月のローテーション内で調整し振り替えて公休を取得しなければならないこと,やむを得ず振替休日を取得できない場合に限り,満2年間に限り残数が保留され消滅しないこと,という取扱いをしてきたのであり,漫然と公休日の振替は2年以内に行えばよいとしていたわけではない。被告における公休日出勤の取扱いでは,当月又は翌月のローテーション内で公休日を振り替えることができないようなやむを得ない事情がない限り公休日は消滅するものとされていた。

振替の条件である公休日を取れないようなやむを得ない事情のある者は,例えば,ダイビング教室において休日を利用して顧客とダイビングツアーへ赴かなければならない従業員くらいのものであったから,本件公休日出勤の取扱いの変更が被告の従業員の既得権を一方的に奪うものではないことは明らかである。そもそも本件公休日出勤の取扱いの変更は,被告が行っていた振替休日買取制度を経理責任者である原告が悪用していたことが判明したことによるのである。すなわち,原告は,被告の経理課長として経理課に所属する2,3名の従業員を管理,監督する立場にあったこと,原告の出退社時間は他の経理課所属の従業員と異なりタイムレコーダーによって管理されていなかったこと,原告には残業代が支払われていなかったことからすれば,原告には本来労働基準法(以下「労基法」という。)上の休日に関する規定が適用されないにもかかわらず,原告は,被告の経理責任者であることを奇貨として振替休日買取制度を悪用し,公休日をほとんど出勤して勝手に振り替えて買取処理を行い,有給休暇を使って休みを取っていたのであり,このようなことをしていたのは原告の外にはいない。そこで,被告は,本件公休日出勤の取扱いの変更によって,休日振替に関する従前の運用を確認するとともに,原告が行っていたような不当な休日買取処理を防止し,かつ,原告が不当に保留していた振替休日の無効を確認しようとしたのであり,原告には法的な保護に値する既得権などは存在しない。

イ 原告が平成11年2月15日をもって退職する旨の退職届を被告に提出したことは認め,原告が公休日に出勤した133日について振替休日を取得しないでいたことは否認し,原告が退職を決めた理由については知らない。

被告では,従業員がした公休日出勤について振替休日を取得せずに保留するためには,業務上の都合により公休日出勤をしたこと,事前に公休日出勤することを届け出ること,公休日出勤をした当月又は翌月のローテーション内で振替休日をやむを得ず取得できないことを満たす必要があるところ,原告が,事前届出を無視し,勝手気ままに無断欠勤を繰り返していたのであり,そのことが発覚するや自己都合を理由に被告を退職したのである。

ウ 原告の主張に係る錯誤はいわゆる動機の錯誤であるところ,原告が退職を決めた理由は原告の退職に当たって表示されていないから,原告の主張に係る錯誤により原告の退職の申出が無効であるということはできない。

(2) 被告における公休日出勤の取扱いの適用否認ないし争う。

(三) 原告の反論等

(1) 原告は,被告を退職するまで経理課長代理であり,経理課長に就任したことはなかった。

課長代理の役職以上の者の出退社時間はタイムレコーダーによって管理されていなかったこと,課長代理の役職以上の者には残業代が支払われていないことは認めるが,原告が労基法41条2号に該当することは否認する。労基法41条2号に該当するといえるためには,職務内容につき経営者と一体的と見られる程度の権限と責任を有しているか否か,出社,退社について厳格な制限を受けず,かつ職務手当が支給されているなど,労働時間等の規制を外しても,問題とされないほどの優遇措置が与えられているか否かなど,勤務の態様を基準として具体的に判断されるべきであるところ,原告の職務内容は単純事務の範囲を出ず,出勤日における定時の出社は当然に求められ,課長代理手当も月額3万円程度であった。したがって,原告は労基法41条2号に該当しない。

振替休日の買取処理は他にも多くの従業員が受けており,買取処理を受けながら有給休暇を利用していたのが原告の外にはいないという被告の主張は争う。

(2) 被告は,本件退職の申出における原告の錯誤は動機の錯誤であると主張するが,前述した錯誤の内容に照らし,本件退職の申出における原告の錯誤が動機の錯誤でないことは明らかである。

仮に動機の錯誤であるとしても,原告は,本件退職の申出の際に同僚,友人その他周囲の多数の者に対し本件公休日出勤の取扱いの変更の不当性を強く訴えた上,原告の上司であった三宅弘章(以下「三宅」という。)部長にも本件公休日出勤の取扱いの変更によっていまだ取得していなかった振替休日が奪われたことが原因であることを告げており,動機は被告側に表示されていた。

2  被告による不当利得の成否について(本件第2の請求)

(一) 原告の主張

原告は,自分が公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない公休日について振替休日を取得する権利を有していたが,仮に本件公休日出勤の取扱いの変更が有効であるとすれば,法律上の原因がないのに,原告は右の権利を喪失するとともに,被告は原告に振替休日を与える地位を免れるという利得を得たことになる。被告は,本件公休日出勤の取扱いの変更を行う際にこのような損失と利得が発生することを知悉していたから,被告による右の不当利得は悪意による利得である。

(二) 被告の主張

本件公休日出勤の取扱いの変更が有効であるとすれば,被告には原告の主張に係る利得をする法律上の原因があることになり,また,本件公休日出勤の取扱いの変更が有効であるにもかかわらず,被告には原告に振替休日を与える義務や振替休日の買取義務はないから,原告が損失を被り,被告が利得したとする原告の主張は,その前提を欠いており,失当である。

3  原告が公休日に出勤して振替休日を取得することができるのに,いまだ振替休日を取得していない公休日の日数について(本件第1の請求,本件第2の請求)

(一) 原告の主張

原告が公休日に出勤して振替休日を取得することができるのに,いまだ振替休日を取得していない公休日の日数は,全部で133日であり,その内訳は別紙4(ただし,平成9年1月31日とあるのを平成9年1月30日と訂正する。)のとおりである。

(二) 被告の主張

被告における公休日出勤の取扱いは前記第二の三1(二)(1)アのとおりであるが,原告は公休日出勤の取扱いに関する社内の規約を無視しており,事前に公休日に出勤することの届出をしなかったり,届出は出したものの,所属長の決裁を受けないまま公休日に出勤したり,ローテーションの調整(他の従業員の出勤予定の状況との調整)を全く無視して勝手に公休日の取得とその振替を行ったりしていた。

(三) 原告の反論

被告における公休日出勤の取扱いは前記第二の二3,前記第二の三1(一)(1)アのとおりであったが,公休日出勤の事前届出については徹底されていなかった時期や,原告の上司である三宅部長が不在のために原告が事実上トップであった時期があり,また,三宅部長が口頭による届出を受けていたこともあるので,被告の提出に係る公休出勤日届の記載のみをもって原告が事前届出をしていなかったということはできない。

4  被告の未払退職金等の金額(本件第1の請求)について

(一) 原告の主張

原告の平成10年の賃金の総額は金570万6600円であるから,平成11年2月16日から同年8月15日までの賃金の総額は金285万3300円となる。

また,原告の退職時の1か月あたりの基本給は金33万1800円であるところ,被告では3年を超える在職月数1か月について退職時の1か月当たりの基本給の12分の1に相当する金額の退職金が支払われることになっているから,原告の退職が6か月遅れることによって原告に支払われるべき退職金は金16万5900円増えることになる。

(二) 被告の主張

原告の平成10年の賃金の総額が金570万6600円であること,原告の退職時の1か月あたりの基本給が金33万1800円であることは認め,その余は否認ないし争う。

5  被告による不当利得の金額について(本件第2の請求)

(一) 原告の主張

被告は,原告が被告を退職するに当たって原告の未消化の有給休暇を買い上げたが,その金額は1日当たり金1万5085円であったから,原告の1日当たりの基本給は金1万5085円であるところ,原告が公休日出勤をしていまだ振替休日を取得していない公休日の日数は133日であるから,金1万5085円に133日を乗じて1.25を乗じた金250万7881円(1円未満切捨て)が被告による利得額である。

(二) 被告の主張

争う。

第三当裁判所の判断

一  争点1(原告は平成11年8月15日に退職したといえるか。)について

1  証拠(<証拠略>)によれば,次の事実が認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 被告の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には,次のような定め(原文を尊重したが,原文は横書きなので縦書きとするのに適宜表記を変更したほか,明らかに誤記と認められるものは表記を改めてある。)がある。

(休日)

第12条 休日は次のとおりとする。

1 年間101日とする

2  余白

3  余白

4  余白

(休日の振替)

第13条 業務の都合でやむを得ない場合は,前条の休日を1週間以内の他の日と振り替えることがある。

<2> 前項の場合,前日までに振替による休日を指定して従業員に通知する。

(休日労働)

第14条 業務上必要がある場合には,第12条の休日に労働を命ずることがある。

<2> 法定の休日に労働させる場合は,所轄労働基準監督署長に届け出た従業員代表との休日労働協定の範囲内とする。

<3> 満18歳未満の従業員および女子については,労働基準法で定める1週1日の休日に労働をさせることはない。

<4> 満18歳未満の従業員については,労働基準法で定める1週1日の休日に労働させることはない。

<5> 女子については,本条第2項による場合でも,4週間に1日を超えない範囲とする。

(割増賃金)

第16条 第11条,第14条,または前条による時間外労働,休日労働または深夜労働に対しては,賃金規程の定めるところによって割増賃金を支払う。

(適用除外)

第17条 労働基準法第41条第2号または第3号に該当する管理監督者または監視断続労働従事者等については,本節の規定(深夜割増賃金に関する定めを除く。)にかかわらず勤務を命じ又は本節の規定を適用しないことがある。

(<証拠略>)

(二) 被告の従業員は1か月当たりの勤務のローテーションを組んで,あらかじめ公休日等を具体的に特定して個々の従業員ごとに割り当てていた。原告の公休日もそのように定められていた。

(<証拠略>)

(三) 原告は,平成8年4月1日以降は経理課長に就任したが,決算の時期を除いておおむね定時の出退社を続けていた。原告は,課長という役職に対する手当として1か月当たり約3万円程度の支給を受けていた。

(<証拠略>,弁論の全趣旨)

(四) 被告は,平成8年9月16日には従業員が公休日に出勤した場合の取扱いを別紙3のとおり定めていた。

(<証拠略>)

2 1の事実を前提に,原告が平成11年8月15日に退職したといえるかどうかについて判断する。

(一) 本件退職の申出の無効と新たな退職の申出について

(1) 使用者が就業規則等により労働者の休日を特定した場合でも,業務上の都合によって労働者を当該休日に労働させる必要が生じることがあるが,その場合に,あらかじめ特定された休日を労働日とし,その代わりにそれ以前の特定の休日(ママ)を休日としたり,あるいはその日以降の特定の労働日を休日とするように,休日を繰り上げ,又は繰り下げること(以下「休日の振替」という。)によって,労働者を休日に労働させることができると解される。この場合,労基法35条1項の規定等に照らし,休日の振替を行うに当たっては,振替日はできる限り休日労働をさせた日に近接した日であることが望ましいというべきである。

(2) 本件において,被告は,公休日出勤について,業務上の都合により公休日に出勤する場合は,事前に所属長経由で公休日に出勤する旨の届出をしなければならないこと,事前の届出のない場合には,公休日の出勤を認めないこと,公休日に出勤した場合は,原則として当月又は翌月のローテーション内で調整し振り替えて公休日を取得しなければならないこと,やむを得ず振替休日を取得できない場合に限り,満2年間に限り残数が保留され消滅しないこと,という取扱いをしてきた(前記第二の二3,第三の一1(四))ところ,本件就業規則13条が「業務の都合でやむを得ない場合は,前条の休日を1週間以内の他の日と振り替えることがある。」と定めていることからすれば,本件就業規則13条のうち公休日の振替の時期に関する部分は右の取扱いの限度で修正されたものというべきであるが,被告は,右の取扱いを平成10年12月16日をもって,出勤した公休日から2か月が経過した後は公休日をほかの日に振り替えて公休日を取得することはできないという取扱いに改めたのであり(前記第二の二4),この公休日の振替の時期に関する取扱いの変更は,振替日はできる限り休日労働をさせた日に近接した日であることが望ましいという前記の考え方に沿うものであるといえることに照らせば,この公休日の振替の時期に関する取扱いの変更が当然に無効であるということはできない。仮にこの公休日の振替の時期に関する取扱いの変更によって不利益を受ける従業員がいたとしても,その被った不利益を別の方法によって救済すれば足りるのであって,この公休日の振替の時期に関する取扱いの変更によって不利益を受ける従業員がいることを理由に,この公休日の振替の時期に関する取扱いの変更それ自体を無効であると解すべきではない。

(3) ところで,

ア 別紙1によれば,本件公休日出勤の取扱いの変更において,被告の従業員のうち係長の役職以下の者には平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない分について同月16日から6か月以内の振替休日の取得を認めているのに対し,課長代理の役職以上の者には同月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない分について同月16日から6か月以内の振替休日の取得を認めていない。

イ 従業員の役職によってアのような区別を設けた理由については,被告の主張によれば,要するに,被告が,労基法41条2号に基づき,課長代理の役職以上の者にはそもそも労基法上の休日に関する規定が適用されないとか,少なくとも振替休日買取制度を悪用していた原告には労基法上の休日に関する規定が適用されないなどと考えていたことに基づくものと推測されるが,そうであるとすると,被告において課長代理の役職以上の者が労基法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」(以下「管理監督者」という。)に該当するかが問題となる。

労基法41条2号にいう管理監督者とは,経営方針の決定に参画し又は労務管理上の指揮権限を有する等,その実態から見て経営者と一体的な立場にあり,出勤退勤について厳格な規制を受けず,自己の勤務時間について自由裁量権を有する者であると解されるが,右に述べた管理監督者の意義に照らせば,課長代理の役職以上の者が労基法41条2号にいう管理監督者に当たるかどうかについては課長代理の役職以上の者の勤務の実態に即して判断されるべきである(ちなみに,本件就業規則17条も「労働基準法第41条第2号または第3号に該当する管理監督者または監視断続労働従事者等については,本節の規定(深夜割増賃金に関する定めを除く。)にかかわらず勤務を命じ又は本節の規定を適用しないことがある。」と定めているだけで,課長代理の役職以上の者すべてが当然に労基法41条2号の管理監督者に当たるとはしていない。)ところ,課長代理の役職以上の者の出退社時間はタイムレコーダーによって管理されていなかったこと,課長代理の役職以上の者には残業代が支払われていないことは,当事者間に争いはないが,これらの事実だけでは,被告において課長代理の役職以上の者が労基法41条2号にいう管理監督者に当たると認めることはできない。そして,原告が平成8年4月1日以降経理課長の役職にあったこと(前記第三の一1(三))からすれば,原告は経理課に所属する従業員を管理監督する立場にあったといえること,原告は課長という役職に対する手当として1か月当たり約3万円程度の支給を受けていたこと(前記第三の一1(三)),これらの事実を併せ考えても,原告が労基法41条2号にいう管理監督者に当たることを認めることはできない。

ウ そうすると,仮に,被告が,課長代理の役職以上の者にはそもそも労基法上の休日に関する規定が適用されないとか,少なくとも振替休日買取制度を悪用していた原告には労基法上の休日に関する規定が適用されないなどと考え,そのような考えに基づいてアのような区別を設けたとしても,そのような考えに基づいてされたアのような区別が合理的とは言い難い。そして,本件では他に従業員の役職によってアのような区別を設けた合理的理由はうかがわれないのである。

したがって,本件公休日出勤の取扱いの変更のうち,課長代理の役職以上の者には平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない分について同月16日から6か月以内の振替休日の取得を認めないとした部分は,労基法93条に照らし,無効であり,本件公休日出勤の取扱いの変更において,課長代理の役職以上の者にも,係長の役職以下の者と同様に,同月16日から6か月以内の振替休日の取得を認めたものと解すべきである。

(4) ところが,原告は,本件公休日出勤の取扱いの変更のうち,課長代理の役職以上の者には平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない分について同月16日から6か月以内の振替休日の取得を認めないとした部分が無効であるのに有効であると誤信して,本件退職の申出をしたのであり,本件退職の申出は要素の錯誤として無効であると主張する。

しかし,原告の主張に係る錯誤はいわゆる動機の錯誤であり,動機に当たる部分,すなわち,本件公休日出勤の取扱いの変更のうち,課長代理の役職以上の者には同月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない保留分について同月16日から6か月以内の振替休日の取得を認めないとした部分が無効であるのに有効であると誤信したことが,本件退職の申出の際に表示されたことは,本件全証拠に照らしても,認められないのであって,そうであるとすれば,その余の点について判断するまでもなく,本件退職の申出が錯誤により無効であるということはできない。

そうすると,原告は本件退職の申出よ(ママ)って平成11年2月15日をもって被告を退職しており,同月16日以降被告の従業員たる地位を喪失していることになるから,その後に原告が新たに退職の申出をしたからといって,新たな退職の申出に係る退職日である平成11年8月15日をもって被告を退職したことにはならないことは明らかである。

(二) 被告における公休日出勤の取扱いの適用

(1) 被告が,平成8年9月16日には従業員が公休日に出勤した場合の取扱いを別紙3のとおり定めていたこと,別紙3には「退職する場合に振替休日の残数があった場合は,振替休日の消化が終了した日を退職日とします。従って退職時の一括買い上げは行いません。」と書かれていることは,前記第三の一1(四)のとおりである。

(2) しかし,そもそも原告は本件退職の申出よ(ママ)って平成11年2月15日をもって被告を退職しており,同月16日以降被告の従業員たる地位を喪失しているところ,別紙3の内容によれば,別紙3の「退職する場合に振替休日の残数があった場合は,振替休日の消化が終了した日を退職日とします。従って退職時の一括買い上げは行いません。」という部分は,要するに,退職しようとする従業員は,退職時に振替休日が消化されずに残っている場合には,未消化の振替休日を消化することを考慮に入れて退職する日を決定するよう注意を喚起する趣旨で盛り込まれているにすぎないというべきであって,そうすると,右の部分を根拠に,原告が被告を退職した日が平成11年8月15日に延びることになるわけではないことは明らかである。

(三) 小括

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告が平成11年8月15日に被告を退職したということはできない。

3  本件第1請求の可否について

本件第1の請求(原告の退職日が平成11年2月15日から同年8月15日に延びたことによる同年2月16日から同年8月15日までの未払賃金及び退職金の増加分の請求)は,原告が平成11年8月15日に被告を退職したことを前提としているところ,原告が平成11年8月15日に被告を退職したということができないことは,2のとおりであり,そうすると,その余の点について判断するまでもなく,本件第1の請求は理由がない。

二  争点2(被告による不当利得の成否)について(本件第2の請求)

本件公休日出勤の取扱いの変更のうち,課長代理の役職以上の者には平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない分について同月16日から6か月以内の振替休日の取得を認めないとした部分は,無効であり,本件公休日出勤の取扱いの変更において,課長代理の役職以上の者にも,係長の役職以下の者と同様に,同月16日から6か月以内の振替休日の取得を認めるべきであった(前記第三の一2(一)(3))のに,被告は,本件公休日出勤の取扱いの変更によって原告が不当に保留していた振替休日の無効を確認しようとした(前記第二の三1(二)(1)ア)というのであるから,被告は,本件公休日出勤の取扱いの変更を従業員に通知した平成10年12月16日の時点において,原告が同月15日公休日に出勤することによって原告から提供を受けた労務について振替休日を取得させず,また,その対価としての割増賃金の支払もしないこととしたというべきであり,そうすると,被告は右の時点において原告から提供された労務を不当に利得したものと認められ,被告はその利得を返還する義務を負うものというべきである。

三  争点3(原告が公休日に出勤して振替休日を取得することができるのに,いまだ振替休日を取得していない公休日の日数)について(本件第2の請求)

1  証拠(<証拠略>)によれば,次の事実が認められ,この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 原告が平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない公休日とは,別紙4(ただし,「平成9年1月31日」とあるのを「平成9年1月30日」と,平成9年6月16日から7月15日までの欄に「左以外の公休日の内1日」とあるのを「7月3日」と,同年7月16日から8月15日までの欄に「左以外の公休日の内1日」とあるのを「8月5日」と,平成10年11月16日から12月15日までの欄に「特定できないがこの期間の公休日全部」とあるのを「11月16日,11月17日,11月25日,11月27日,12月2日,12月4日,12月10日,12月15日」と,それぞれ訂正する。)のとおりであり,その合計は133日である。

(<証拠略>)

(二) 被告の従業員が自分の取りたい公休日を示す目的で月間勤務ローテーション表(<証拠略>)の自分の氏名が書かれた欄に「○」を付けて月間勤務ローテーション表を提出し,公休日の偏りがないかどうかなどが調整された上で,その月の各人の公休日が決まるが,いったん公休日が決まった後に業務の都合により公休日を変更する場合には,従業員は公休出勤日届を提出するものとされている。

原告が平成10年12月15日までに公休日出勤をしていまだ振替休日を収得していない公休日133日のうち,平成9年1月30日,同年2月1日,同月2日,同月11日,同月14日(以上,<証拠略>),同月27日,同年3月1日,同月2日,同月6日,同月9日,同月14日(以上,<証拠略>),同月23日,同月30日(以上,<証拠略>),同年4月20日,同月27日,同月29日,同年5月10日,同月11日(以上,<証拠略>),同月25日,同年6月1日,同月8日(以上,<証拠略>),同月26日,同年7月3日,同月10日(以上,<証拠略>),同月16日,同月18日,同月20日,同年8月3日,同月14日,同月15日(以上,<証拠略>),同年9月15日(<証拠略>),同年10月10日,同月11日,同月12日(以上,<証拠略>),同年11月2日,同月3日,同月9日,同月14日(以上,<証拠略>),同年12月7日,同月15日(以上,<証拠略>),同月16日,同月18日,同月21日,同月23日,平成10年1月4日,同月14日,同月15日(以上,<証拠略>),同年2月8日,同月15日(以上,<証拠略>),同年3月5日,同月8日,同月11日,同月15日(以上,<証拠略>),同年4月12日(<証拠略>),同年5月10日,同月12日(以上,<証拠略>),同月25日,同年6月3日,同月15日(以上,<証拠略>),同月29日,同年7月1日,同月2日,同月12日(以上,<証拠略>),同月30日,同年8月2日,同月5日,同月7日,同月12日,同月14日(以上,<証拠略>),同年10月2日,同月4日,同月8日(以上,<証拠略>),同年11月6日,同月11日,同月13日(以上,<証拠略>),同年12月10日,同月15日(以上,<証拠略>)については,それぞれ原告から事前に公休出勤日届が提出されており,これらの公休出勤日届の部長欄には原告の上司であった三宅部長の印章により顕出された印影がある。平成9年8月5日(<証拠略>),平成10年3月2日(<証拠略>),同年10月1日(<証拠略>)については,それぞれ原告から各同日付けの公休出勤日届が提出されており,これらの公休出勤日届の部長欄には原告の上司であった三宅部長の印章により顕出された印影がある。平成9年2月18日,同月21日(以上,<証拠略>),同年5月17日,同月24日(以上,<証拠略>),同年6月18日(<証拠略>),同年8月17日,同月24日,同年9月3日(以上,<証拠略>),同年10月24日,同月29日(以上,<証拠略>),同年12月3日(<証拠略>),平成10年1月18日,同月26日,同年2月1日(以上,<証拠略>),同月19日,同月26日,同年3月1日(以上,<証拠略>),同月24日,同年4月2日(以上,<証拠略>),同月20日(<証拠略>),同年5月17日,同月18日(以上,<証拠略>),同年6月16日,同月18日,同月22日,同月25日(以上,<証拠略>),同年7月16日,同月19日,同月24日,同月28日(以上,<証拠略>),同年9月17日,同月21日,同月25日,同月28日(以上,<証拠略>),同年10月20日,同月22日,同月29日,同年11月1日,同月2日(以上,<証拠略>),同月16日,同月17日,同月25日,同月27日,同年12月2日,同月4日(以上,<証拠略>)については,それぞれ原告から事前に公休出勤日届が提出されていないが,これらの公休出勤日届の部長欄には原告の上司であった三宅部長の印章により顕出された印影がある。平成10年8月16日,同月27日,同年9月1日,同月2日,同月4日,同月7日,同月9日,同月11日については,週間勤務ローテーション表(<証拠略>)の原告の氏名が書かれた欄に同人の公休日を示す趣旨で書かれた「○」の上に「×」が付けられて「<×>」なっており,この週間ローテーション表の総括部の欄には原告の上司であった三宅部長の印章により顕出された印影がある。

(<証拠略>)

2  1によれば,原告が平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない公休日133日のうち77日分については,原告から事前に公休出勤日届が提出されており,これらの公休出勤日届の部長欄には原告の上司であった三宅部長の印章により顕出された印影があること,原告が平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない公休日133日のうち3日分については,原告から公休日に出勤した当日に公休出勤日届が提出されており,これらの公休出勤日届の部長欄には原告の上司であった三宅部長の印章により顕出された印影があること,原告が平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない公休日133日のうち45日分については,原告から事前に公休出勤日届が提出されていないものの,これらの公休出勤日届の部長欄には原告の上司であった三宅部長の印章により顕出された印影があること,原告が平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない公休日133日のうち8日分については,週間勤務ローテーション表(<証拠略>)の原告の氏名が書かれた欄に同人の公休日を示す趣旨で書かれた「○」の上に「×」が付けられて「<×>」なっており,この週間ローテーション表の総括部の欄には原告の上司であった三宅部長の印章により顕出された印影があること,以上の事実が認められ,これらの事実及び証拠(<証拠略>)(ママ)よれば,原告が平成10年12月15日までに公休日に出勤していまだ振替休日を取得していない公休日133日については,原告の上司であった三宅部長が,原告から事前の届出があって公休日出勤の要件をすべて満たすものとしてその届出を承認したか,又は,原告から当日又は事後の届出があって公休日出勤の要件をすべて満たすものとしてその届出を承認したものと認められる(この認定を左右するに足りる証拠はない。)。そうすると,被告はこの133日について原告に振替休日を認めるべきであったというべきである。

以上によれば,原告が公休日に出勤して振替休日を取得することができるのに,いまだ振替休日を取得していない公休日の日数は133日ということになる。

四  争点5(被告による不当利得の金額)について

1  被告の従業員の1年間の公休日は101日である(前記第二の二2)から,平成9年及び平成10年の所定労働日数はそれぞれ264日であり,平成9年及び平成10年の1か月の所定労働日数はそれぞれ22日である。原告の退職時(平成11年2月15日)の基本給は1か月あたり金33万1800円であった(争いがない。)から,被告が原告から提供された労務を不当に利得した平成10年12月16日の時点において原告の1日当たりの基本給は,金1万5082円(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律3条1項に基づき,50銭以上1円未満は1円に切り上げた。)となる。

ところで,被告の従業員の1年間の公休日101日は,労基法35条1項に定める休日(以下「法定休日」という。)の外に本件就業規則において休日と定められた休日(以下「法定外休日」という。)が含まれているものと解されるところ,法定休日における労働については,労基法37条1項,労働基準法第37条第1項の時間外及び休日の割増賃金に係る率の最低限度を定める政令(平成6年1月4日政令第5号)に基づいて13割5分の率で計算した割増賃金を支払わなければならないが,法定外休日については労基法37条1項に基づいて割増賃金を支払う必要はない。ただ,被告の賃金規程(本件就業規則16条を参照)において法定外休日についても割増賃金を支払うことが定められていれば,法定外休日についても被告の賃金規程において定められた率で計算した割増賃金が支払われることになる。しかし,本件では,被告の賃金規程が書証として提出されていないから,法定外休日について12割5分の率で計算した割増賃金を支払うべきであるということはできない。また,原告が公休日に出勤して振替休日を取得することができるのに,いまだ振替休日を取得していない公休日133日のうち法定休日については13割5分の率で計算すべきであるとしても,133日のうち法定休日が何日あるかは明らかではない。したがって,被告による利得を金銭に評価するに当たって1日当たりの基本給に12割5分又は13割5分の率を乗ずることはできない。

以上によれば,被告による利得を金銭に評価すれば,金1万5082円に133日を乗じた金200万5906円となる。

2  被告は原告から提供された労務を不当に利得する際に悪意であったというべきであるから,被告は,原告に対し,金200万5906円及びこれに対する利得の日の後であることが明らかな平成11年8月14日から支払済みまで年5分の割合による利息の支払義務を負っている。

三(ママ) 結論

以上によれば,原告の本訴請求は,不当利得返還請求として金200万5906円及びこれに対する利得の日の後であることが明らかな平成11年8月14日から支払済みまで年5分の割合による利息の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 鈴木正紀)

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